長江健次 スノーボードの実力は?干された理由と飯島愛の関係は?

長江健次 画像

1980年代に「欽ドン!良い子悪い子普通の子」の”フツオ”として大ブレイクした長江健次(52)が、8月8日放送の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」に登場。

欽ちゃんファミリー「破門」から30年経った現在、長江は不義理と勘違い人生を反省するようです。

芸能界から干された状態だった長江健次は、現在、俳優やライブ活動に精を出しています。

一方、プロのスノーボーダーとしての顔も持っていて、トリノ五輪ではナショナルチームのコーチを務めたほどの実力を兼ね備えているそうです。

今回は、生前の飯島愛さんに嫌われていたという長江健次が、芸能界から干された理由などについてを探ってみようと思います。

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長江健次のスノーボードの実力は?

プロのスノーボーダーとしても活動する長江健次は、毎年3月、長野で「長江健次杯4時間耐久レース」を開催しています。

長江は26、27歳の頃、趣味でスノーボードを始めたそうで、専門はスピードを競うアルペン競技だとか。

その実力は確かで、最高ランキングは日本で35、36位、世界で57位くらいまで行ったといいます。

長江は実力を認められ、長野五輪の聖火ランナー、トリノ五輪ではナショナルチームのコーチを務めたほどだったそうです。

しかし、コーチといっても、もっぱらメディア対応を任されたそう。

そんな長江は冬になると企業やスキー場に頼まれ、あちこちでスノーボードを教えてるそうです。

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長江健次が干された理由は?

長江健次は、1980年代に放送された超高視聴率番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子」のフツオとして芸能界デビューし、大ブレイクしました。

そして、今回の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」に登場し、師匠の欽ちゃんと30年もの間、絶縁していたことを告白します。

ヨシオ、ワルオ、そしてフツオの3人で結成した「イモ欽トリオ」が歌った「ハイスクールララバイ」は、150万枚を超す大ヒットを記録。

当時は本家の「たのきんトリオ」をしのぐ人気でした。

長江は約1年半の「イモ欽トリオ」での活動後、大学受験のために引退すると言ってトリオ脱退。

ですが、引退したはずの長江は、大阪芸術大学に通いながら、明石家さんまのラジオ(MBSヤングタウン)や、笑福亭鶴瓶のテレビ番組(突然ガバチョ!)などに出演し、大阪を中心に活動の場を広げたのです。

嘘を付いて関西でタレント活動を続けていた長江だったのですが、「突然ガバチョ」が関東で放送されるようになり、芸能活動をしていることがバレてしまいます。

長江健次が干された理由は、嘘を付いて「欽ドン」を辞め、大阪でこっそりタレント活動をしたことで、萩本欽一に不義理を働いてしまったからでした。

マスコミには「欽ちゃんファミリーから破門された」と書かれた長江は今回、お世話になった人に不義理をして絶縁状態にならないための授業を展開するようです。

長江健次は飯島愛に嫌われていた?

長江健次が芸能界から干された理由は、欽ちゃんに嘘を付いて関西でタレント活動を続けていたことでした。

そんな長江は、2008年に亡くなった飯島愛さんに嫌われていたといいます。

(飯島愛 画像)
飯島愛 画像

生前の飯島愛さんは長江のことを相当嫌っていたといい、長江のことを「チャラくて偉そうで大っ嫌い」と話していたそうです。

嫌う理由は、はっきりとわかっていませんが、一説によると、長江の「女性問題」のことで揉めていたと言われています。

世話になった萩本欽一にまで嘘を付いていただけに、ほかでも揉め事が絶えなかったのかも知れません。

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