間下このみの病気は抗リン脂質抗体症候群!子供を死産!子役時代の給料は?

間下このみ 画像

1980年代にCMやバラエティなどで活躍した、元子役タレント・間下このみ(38)が、9月9日放送の「爆報!THE フライデー」に登場します。

番組では結婚をして子供が死去したことや、子役時代の嫉妬や妬み、また、難病とされる「抗リン脂質抗体症候群」を患ったことなどを激白するようです。

間下は、4歳のときに出演したキッコーマンのCM「ガンバレ玄さん」で一躍大ブレイク。

その後はドラマ『スクール☆ウォーズ』や、バラエティ『所さんのただものではない!』などに出演し、超売れっ子の子役時代を過ごしてきました。

中学に入ると、「普通の学生生活をしてみたい」と考え、芸能界を引退。

高校卒業後はカメラマンを目指し、現在は写真家としての活動とともに子供の育児を両立させているといいます。

今回は、子役時代にブレイクした間下このみの病気や子役時代について迫ってみたいと思います。

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間下このみの病気は難病 抗リン脂質抗体症候群!

間下このみは現在、2万人に1人が発症する難病「抗リン脂質抗体症候群」と闘っているそうです。

この病気は原因不明と言われる難病で、自分の免役抗体が自分を攻撃するため血栓を作ってしまいます。

そのため妊婦が罹ると胎盤の血管が詰まることで流産・死産につながったり、子供が小さく産まれるリスクが高まるといいます。

また、不育症の原因にはこの「抗リン脂質抗体症候群」が一番多く、未治療だと8割くらいの人が流産してしまうそうです。

しかし、治療することによって10~15%くらいにできる治療法が確立されているといい、この病気とわかった場合は、血栓予防などの治療が施されます。

まさに命懸けの闘病生活を送ってきた間下は結婚後、毎日血栓の溜まりやすい足のマッサージを夫に頼んでしてもらっていたといいます。

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間下このみの子供が死去

2004年6月、26歳だった間下このみは、写真の仕事を通して知り合った11歳年上の一般男性と結婚。

その1年半後に妊娠が発覚しました。

しかし、喜びもつかの間。

ある日、胎動を感じていたら、突然、感じなくなってしまったといいます。

これはおかしいと思い、病院へ行ったらしいのですが、医者から「これは、もう亡くなっています。」と言われたそう。

間下は「えっなんで?というのと、赤ちゃんにごめんなさいという罪悪感みたいなものが胸の中に一杯になって、もう、泣く涙が止まらなかったです。」と、当時の心境を語っています。

結局、子供をお腹の中においておくわけにはいかないので、陣痛促進剤を打って、普通の妊婦さんのように、陣痛を越えて産むことに。

実際、産んでみたら280グラムしかなかったそうです。

安定期に入ったのも束の間、6ヶ月で子供が死去。

「何で私だけがこんな目に遭うのか」と家に閉じこもり関係ない人を恨んでいたといいます。

2006年10月、間下は再び妊娠が発覚。

だったのですが、血液検査から難病「抗リン脂質抗体症候群」に罹患していることもわかったそうです。

せっかく授かった命をどうにかできないのかと、インターネットでいろいろ調べたり医師と相談しながら、血液をサラサラにする注射を約5ヶ月間毎日打つ治療を選択。

この治療法は確証はなかったようですが、子供の命を守るために後悔したくないという強い気持ちがあったため、迷いはなかったといいます。

そして、闘病生活を続ける中、2007年3月15日に緊急入院。

全身麻酔の中、帝王切開で長女「めのあちゃん」を無事出産したのでした。

間下このみ 子役時代の給料は?

間下このみは2歳でモデル事務所に所属し、4歳のときにCMデビュー。

一躍脚光を浴びた間下このみは、その後もテレビに引っ張りだこの子役時代を過ごしました。

(子役時代の間下このみ)
間下このみ 子役時代 画像

しかし、人気子役として多忙な日々を送っていたにも関わらず、当時の給料は「月給制」だったとか。

ほかの元子役タレントは大人になってから「あの時、何千万も貰ってた」などと話すこともありますが、自身については「結構仕事はしてたんですけど、お金は……。まぁまぁ。1ヶ月においくらっていう感じで頂いてた」と、子役時代の給料事情を告白。

よくある話として、子供の給料で親がバッグを買ったり、車を買ったとか聞きますが、間下家は結構普通だったといいます。

また、一番大きな買い物は何だったか?の質問について間下は、「買い物は無かったけれども、仕事の帰りにファミレスで好きな物食べさせてくれる」と、庶民的な生活だったことを告白しています。

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