音無美紀子 乳がんステージは?娘の言葉でうつ病を克服も息子の難病で宗教に入信!

音無美紀子 娘 画像

女優の音無美紀子(66)が9月2日放送の「爆報!THEフライデー」に出演し、若い頃に患った自身の乳がん、うつの闘病生活について告白します。

これまで大した病気をしたことがなかったという音無美紀子ですが、「乳がん」と「うつ病」を患っています。

37歳のときにステージ1期の「乳がん」が発覚。

全摘手術をした後に「うつ病」が発症したのです。

そんな音無は、夫である村井国夫との間に2人の子供を出産。

長男で息子の健太郎氏に至っては生後、間もなく「難病」にかかっていたことを公表しています。

音無は息子を難病から救おうと、夫に内緒で新興宗教「統一協会」に入信。

以来、脱会するまでの経緯などについては著書『妻の乳房 -「乳がん」と歩いた二人の十六年』で触れています。

今回は、音無が若い頃に体験した息子の難病や自身が患った「乳がん」、娘の言葉で「うつ病」を乗り越えたことなどについて、迫ってみようと思います。

Sponsored Link

音無美紀子 乳がんステージは?

1988年5月、音無美紀子は入浴したときに自分の胸を触り、左の乳房に小さなしこりがあるのに気がついたそうです。

その後、夫の村井国夫に勧められて精密検査を受けることに。

検査の結果は、やはり、「乳がん」でした。

音無はセカンドオピニオンを友人に勧められて翌日、慶応病院も受診してみたらしいのですが、結果は同じ、「乳がん」でステージ1期の診断が下ったそうです。

そして音無は同年8月末、慶応病院に入院。

翌9月には、10時間に及ぶ手術を受けることになったのです。

手術は左の乳房と胸の筋肉や脇の下のリンパ節まで切除する全摘手術。

乳がんステージ1期という早期発見のため、温存手術を諦めきれない気持ちもあったらしいのですが、再発の危険性をできる限り排除するために全摘手術の決断をしました。

音無は自身が「乳がん」になった際に、夫・村井国夫から、「病気になってくれてありがとう。君の看病する中で人に優しくすることを知った。そうでなければもっと傲慢に生きて、人への優しさを知らないままだったかもしれない。君が病気になったおかげ、ありがとう」との言葉をもらったといいます。

Sponsored Link

音無美紀子 娘の言葉でうつ病を克服

乳がんで入院していた音無美紀子は、退院後、子育てや家事が思うように運ばなくなったといいます。

仕事も家庭も完璧に両立させたかった音無は、家にふさぎ込みがちになり、うつ状態に。

家には当時、小学校1年生に上がったばかりの娘と、まだ少ししかしゃべれない息子がいて、その子たちの面倒を見るのも楽しくない状況だったといいます。

そんな音無は、「この子たちの将来を考えてあげることもできない自分は母親失格」と落ち込んだりしていると、娘に「ママって笑わない。ママが笑った顔が見たい。ママが笑うとかわいいのに」ということを、ぽつっと言われたそうです。

その一言で、笑っていない自分に気づいたという音無は、娘の「ママの笑った顔が見たい」という言葉や、家族の支えで少しずつうつを克服していったそうです。

そして、最近の音無はというと、乳がん検診の受診などを呼びかけるピンクリボン運動などに協力しているといいます。

音無美紀子 息子の難病で宗教に入信

音無美紀子は俳優の村井国夫と1976年に結婚。

1982年に娘・麻友美を産み、3年後に息子・健太郎を出産しました。

若い頃の音無の夢は「宝塚歌劇のスター」になることだったといい、都内の中学を卒業して、宝塚音楽学校に入ろうとしましたが、親に反対され一般高校へ進学。

しかし、夢は諦められず、たまたま新人を募集していた「児童劇団若草」が、学校へ行きながらでも演技の勉強ができるというので、通うこととなります。

その後、音無は宝ジェンヌになることを諦め芸能界の女優でデビュー。

夫の村井国夫とはデビュー作「お登勢」で一緒になったのが知り合うきっかけだったといいます。

結婚もして2人の子供を授かり、順風満帆な生活を送っていた音無だったが、2人目の子供、息子に生後ほどなく難病にかかるという不運に遭遇。

当初、息子の健太郎氏は健康体で生まれ、すくすくと問題なく育っていたそうですが、生後10カ月ぐらいの検診に行ったとき、脳波に異常があることが発覚したといいます。

息子はひと月ぐらいの入院を余儀なくされたそうですが、はなかなか思うような病状の回復がみられず、医師からは「難しい病気」だと宣告されてしまったのです。

そんなとき音無は新興宗教「統一協会」の存在を知り、夫に内緒で入信。

そのときの心境を「神につながれば息子の病気は治るという。神に近づける道があると聞いたとき、私は飛びついたのだった。」と宗教に入信した理由を自身の著書でつづっています。

難病の息子の方はというと、これまでの病院を転院。

その後は宗教に関係なく奇跡的に回復に向かったといい、今では「統一協会」を脱会しているようです。

Sponsored Link