小針崇宏監督(作新学院)のプロフィール 年齢と出身は?長渕剛の信者だった!

小針崇宏監督 画像

第98回夏の甲子園大会決勝は、作新学院(栃木)が北海(南北海道)を7-1で下し、1962年以来、54年ぶり2度目の全国制覇を成し遂げました。

作新学院は部員99人のうち、90人以上が地元栃木の中学出身で、全国から優秀な選手をかき集めることなく、強豪校を撃破したのです。

本大会で優勝したのは選手の実力があってこそなのですが、忘れてはいけないのは、ここまでチームを強豪に育て上げた小針崇宏監督の存在にあると言えます。

小針監督もまた、地元宇都宮市立陽西中学校出身。

全員で野球をやることをモットーに、その日調子のよい選手を起用するのが小針監督のスタイルだそうです。

今回は、若干33歳にして「名将」と呼ばれる、作新学院の小針崇宏監督のプロフィールなどについて迫ってみようと思います。

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作新学院 小針崇宏監督のプロフィール 年齢と出身は?

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現在、小針崇宏監督の年齢は33歳ですが、作新学院の監督に就任したのは若干23歳のときでした。

小針監督自身も地元栃木県出身で、2000年に選手としてセンバツベスト8入りの経験を持ちます。

その後は筑波大を経て、母校に戻り、保健体育科教諭になったそうです。

同時に野球部の監督を任されることになりますが、それまでの作新学院は約30年間、夏の甲子園に出場できていませんでした。

学校側は弱小と化したチーム再建のため、年齢が23歳と若い小針氏に監督を要請。

これがまんまと功を奏したのでした。

これまでの作新学院はOBの圧力が強く、監督が長く続かなかったといいます。

たとえ優秀な生徒が入ってきても、先輩からのしごきがきつく、結果的に軟式野球部に転部するケースが目立っていたそうです。

結果、硬式が弱い代わりに軟式野球部はメチャクチャ強かったというオチでした。

これらを踏まえ、小針監督は、就任の条件に意見がうるさいOBをグラウンドに入れないことや、1年生でも上手ければ起用することを約束に挙げたそうです。

小針氏が監督に就任してからの作新学院は、甲子園に計7回出場。

現在は6年連続で出場し、夏の県予選では36連勝中と圧倒的な強さを見せているのです。

作新学院 小針崇宏監督のプロフィール

生年月日 : 1983年6月22日

年齢 : 33歳

出身中学 : 宇都宮市立陽西中学

出身高校 : 作新学院

出身大学 : 筑波大

2007年より作新学院の野球部監督に就任

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作新学院 小針崇宏監督は長渕剛の信者だった

小針監督のプロフィールに歌手・長渕剛を敬愛していることを追加しなければなりません。

作新学院が強豪校に生まれ変わったのは「長渕剛」が影響しているのかもしれないのです。

というのも、いつも移動中のバスでは鹿児島県・桜島オールナイトライブの映像が流されるといいます。

部員は常に長渕剛の歌に鼓舞されながら試合に臨み、今ではすっかり「長渕信者」になったそうです。

ある選手は「最初は興味なかったんですけど(ライブの映像で)話しているのを聞くといい男だなと思った。今では宿舎の部屋でも聞いています」と話します。

小針監督は「長渕さんはお客さん全員に『盛り上がれ』と言う。同じようにグラウンドでは見てるだけじゃなくて、盛り上げて声を出せ」とライブからヒントを得て訓示。

昨秋、負けが込んだ際には、部員全員で宇都宮市を一望できる「多気山不動尊」に立ち、学校のある方角を見ながら長渕の「逆流」を熱唱したそうです。

すると勝利を呼び込むようになり、「負けていたときに流れを変えて一丸になれました」と、思わぬエピソードがメンバーから打ち明かされたのです。

やはり、作新学院の強さの秘密に長渕剛なくして語ることはできないようです。

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