稀勢の里が弱いのは怪我とメンタルが原因?八百長なしの引退か!?

稀勢の里 画像
   

大相撲初場所の初日、2日目を連敗した横綱・稀勢の里(32)に引退危機がささやかれています。

稀勢の里といえば、重圧のかかる取り組みになると、メンタルが弱いゆえに本来の相撲を発揮出来ない場面が多くあったのですが、2017年の初場所で、悲願の初優勝を達成。

初優勝した場所は、以前に見られたメンタル面での動揺が見られず、千秋楽の横綱白鵬戦にも勝利し、場所後で横綱昇進を決めました。

横綱に昇進した稀勢の里は、続く3月の春場所で大怪我をしながらも13勝2敗の成績で連続優勝を決めましたが、以降は怪我に泣かされ成績不振に。

昨年は3場所連続の休場を余儀なくされたものの、秋場所で10勝し、復活の兆しを見せていました。

ところが、次の九州場所では初日から5連敗。

今場所の成績次第で引退か?と報じられていたところでの連敗に、本人は引退を強く意識しているとされています。

また、稀勢の里の師匠・田子ノ浦親方も、今年に入ってから引退を強く覚悟するようになったそうで、本人は親方になる準備も、水面下で着々と進めているとのこと。

やはり、それだけ怪我がひどくて、完治していないのが引退を意識する原因になっているのでしょうか。

今回は八百長なしのガチンコ相撲を取り続けてきた稀勢の里について、迫ってみたいと思います。

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稀勢の里が弱いのは怪我とメンタルが原因?

稀勢の里が初優勝した2017年の初場所は、今までなかったくらいに冷静で、落ち着きがありました。

以前は、ニヤニヤと笑うよく分からない表情を作ったり、目をぱちくりさせていましたが、そんな表情はいっさい見せず。

大関時代から実力はすでに横綱級と言われてきた稀勢の里に、白鵬は常々「何か1つ足りない」とよく言っていましたが、初優勝した場所では解消されたようです。

そんな稀勢の里の本名は萩原寛で、茨城県出身。

中学卒業後の2002年春場所で初土俵を踏みました。

史上2番目に若い17歳9カ月の新十両で早くから期待され、11年九州場所後に大関へと昇進。

2017年の初場所後での横綱昇進は、1998年の3代目若乃花以来、19年ぶりとなりました。

しかも、新入幕から初優勝するまでに73場所要したのは史上2番目の遅さ。

新大関から所要31場所での初優勝は昭和以降では最も遅かったのです。

それに稀勢の里は、横綱に最も近い大関と言われながら、なぜそこまで時間がかかったのか。

その理由には、「ガチンコ相撲を取り続けていたからだ。」とも言われています。

八百長はなくなったと言われる現在の取組でも、モンゴル人力士はいまだに“怪しい相撲”を取っているという声もあがっているほど。

そういう意味で、ガチンコの稀勢の里は非常に評価が高いのだとか。

ただ、稀勢の里といえば、メンタルが弱いと言われています。

その分、重圧から解放されたときや、蚊帳の外に置かれたときはめっぽう強い。

そのくせ平幕を相手にふがいない内容で、完敗を喫することもしばし見られます。

稀勢の里にはよく、メンタル面の問題を指摘されることもあって、わざと笑顔を作るのもある種の「リラックス効果」を生むため笑っていました。

それが初優勝した場所に限っては、「以前に見られた精神的な動揺が見られなかった」と横綱審議委員会の守屋氏は語っています。

しかし、横綱になってからの稀勢の里は、しばし休場に追い込まれていますが、その原因は怪我によるものでした。

そもそも怪我の始まりは、2017年の春場所。

12連勝でむかえた日馬富士に寄り倒された際に、左肩を負傷し、2018年の秋場所初日の貴景勝戦でまた新しく右膝を怪我したのです。

怪我以降、稀勢の里は弱い横綱のレッテルを張られていますが、すべては怪我が原因で勝てなくなったのです。

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稀勢の里 八百長なしの引退か?

八百長なしのガチンコ相撲と言われている稀勢の里は、2016年の大関時代に年間最多勝を獲得しています。

さらに、優勝が一度もない力士としては、年6場所制が始まった1958年以来、初めてのことでした。

また、稀勢の里は前年の2015年で綱取りに挑みました。

九州場所後の横綱審議委員会後は、全勝した場合は横綱昇進が「あり得るでしょうね」との考えを示していましたが、結果は10勝5敗の成績で昇進が見送られたのです。

これまで「弱い」とか「引退しろ!」と言われながらも、何度となく綱取りに挑戦し、ようやくつかみ取った横綱の地位。

初優勝したときも「これだけ苦労した優勝は無いんじゃないか」と論されたほどです。

そんな稀勢の里に、「怪我が原因で引退か」と報じられていますが、現時点で本人からは何の発表もありません。

ただ、稀勢の里は親方になる準備を進めているのは事実のようで、年寄株・荒磯に並々ならぬ思い入れがあるといいます。

なお、後援会関係者によると、

「稀勢の里はもともと年寄株“荒磯”を取得していましたが、元前頭の玉飛鳥に、年寄株を貸していました。ところが玉飛鳥は昨年4月20日に年寄株“熊ヶ谷”を取得し、名跡を変更。“荒磯”は再び稀勢の里の元に戻り、いつでも襲名できるようになっています」

「年寄株購入時には、稀勢の里の入門時の師匠である先々代の故・鳴戸親方が大変、尽力したそうです。ゆえに、稀勢の里にとって“荒磯”は形見同然なんです」

稀勢の里がもし引退となると、日本人横綱が再びいなくなりますが、荒磯親方となって相撲界に残ることになりそうです。

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