古村比呂の子宮頸がん ステージと余命は?息子はフリーターでも家計を支える!

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古村比呂 息子 画像
   

女優の古村比呂(53)は、2011年11月に「子宮頸がん」が発覚し、2012年3月に子宮全摘手術を受けました。

そのときの手術は無事成功したのですが、5年後の2017年3月に「子宮頸が」んが4カ所にわたり再発。

1カ月半にわたる抗がん剤と放射線治療を施した結果、7月下旬には腫瘍マーカーが正常値に戻っていました。

ところが、再び異常が見つかります。

一度は病状が回復していましたが、同年11月に「子宮頸がん」が再々発したのです。

今度のがんは、肺とリンパ節に転移していることが発覚。

以来、抗がん剤治療の闘病生活を続けています。

一方、プライベートでの古村比呂は、1992年に俳優の布施博(60)と結婚し、3人の子供をもうけました。

しかし、17年後の2009年に元旦那の布施博と離婚したため、3人の息子を母親の古村比呂が、女手一つで育ててきたそうです。

そこで今回は、古村比呂の病状や「子宮頸がん」のステージや余命、3人の息子のことについて深掘りしていきたいと思います。

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古村比呂の子宮頸がん ステージと余命は?

古村比呂は、2012年3月に定期健診で「子宮頸がん」が発覚したのですが、当初は自覚症状がなかったため、病気を患っているとは思わなかったそうです。

なので、「子宮頸がん」を宣告されたときは、かなり戸惑ったのだとか。

そして、気になるのは病状ですが、古村比呂はこれまでステージのことをあまり表沙汰にしてきていません。

そこで「ステージ」と呼ばれる進行期が、どこまで進んでいるのか調べてみました。

すると、以前インタビューに答えている古村比呂の記事を発見。

そこには、医師に「もうⅣ期。ちょっともう手術が必要です」と言われたことが書かれていたのです。

ステージのことを医師に告げられた古村比呂は、その時に、『あっまだ私、死ねないです』と言ったのだとか。

そりゃそうです、当時はまだ46歳だったので、まだまだやりたいことがたくさんあったのだと思います。

また、子宮頸がんの進行ステージは、がんの大きさや転移の有無などによって、他のがんと比較しても多めの段階に分けられています。

子宮頸がんのステージは「11段階」。

初期の0期~ⅣB期まで、患者さんのそれぞれの状態に応じて選択されます。

ただ、ステージⅣ期となると、末期なのでかなり進んだ段階なのは確かです。

早期に発見されていれば、余命宣告されることはないのですが、それでも5年生存率は100%ではありません。

一般的に言われている余命5年生存率は、ステージⅠで91.7%、Ⅳで25.1%とされているので、安心できる病状ではないことが伺えます。

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子宮頸がんの後遺症でリンパ浮腫を発症

古村比呂は、2012年に患った病気の「子宮頸がん」による後遺症「リンパ浮腫」を発症しています。

「リンパ浮腫」の正式な病名は、「続発性リンパ浮腫」と呼ばれ、これは乳がん、子宮がん、卵巣がん、前立腺がん、皮膚がんなどの術後にリンパ管の流れが悪くなることで起きる手足のむくみのこと。

古村比呂の場合は「子宮頸がん」の後遺症から左足が腫れ上がっていて、何年も同じ靴を履いているそうです。

また、「リンパ浮腫」は軽症ならほぼ完治するそうなのですが、古村比呂の場合は、いろんな治療法を試しても完治せず。

最終的に「LVA(リンパ管静脈吻合術)」を受けましたが、それでも歩行が困難で、腫れ上がってヒールを履くことができないといいます。

ただし、リンパ浮腫は、がんの手術を受けた全ての患者が発症するわけではありません。

発症時期は人それぞれで、手術直後から発症することもあれば10年後に発症することもあるそうで、古村比呂はいまでも足のむくみに悩まされています。

さらに、古村比呂の病気はそれだけでは収まらず、顔に原因不明の発疹もみられました。

2015年に出来たという発疹の正体は、「ニキビダニ」によるもので、ほぼ全員に存在しているのだとか。

普段は、肌を弱酸性に保ち、健康な皮膚を維持していても、時にニキビダニが増えることがあるそうです。

それにニキビダニは、通常のニキビと治療薬が全く変わってくるため、通常の治療をしても全く効かなかったり、効果が悪かったりします。

ニキビダニは、ピーリングだけでは治らないこともあり、飲み薬や塗り薬・イオン導入の併用が効果的。

そのため、古村比呂は病院で顔ダニの繁殖を抑える薬を処方してもらって、現在は回復に向かっているのだそうです。

古村比呂の息子はフリーター

古村比呂の元旦那は1992年に結婚した俳優の布施博で、3人の息子を授かっています。

布施博とは2009年に離婚していますが、4年間にわたる泥沼の離婚劇を繰り広げたのでした。

古村比呂 元旦那 布施博 画像

また、離婚理由は布施博の浮気とされていて、夫婦はそのことで会見まで開いています。

そして、離婚後、布施博は舞台女優の井上和子と再婚。

古村比呂は3人の息子を女手一つで育てたのですが、3人は成人を過ぎても定職に就いていません。

長男の拳人(けんと・26歳)さんは、映画専門の大学へ進学し、卒業後は映画監督になるのを夢見ていたらしいのですが、母親が病気になったことで、映画監督になる夢は先送りになっているようです。

次男の翔吾(しょうご・25歳)さんは、プロのミュージシャンを目指していて、三男の大海(ひろみ・21歳)さんは、高校卒業後は自分の部屋でゲーム三昧。

兄弟は全員フリーターで、古村比呂の子宮頸がんが再発するまでの5年間、母親の貯金や出演料に頼ってきたそうです。

しかし、がんの再発後、これ以上ムリはさせられないということから兄弟が相談し、月に30万円を生活費として入れることを決めたのだとか。

生活費の30万円は、フリーターの息子たちにとっては決して楽な金額ではないですが、何とかバイトで稼いで家計を支えているといいます。

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