高山トモヒロの相方 河本栄得(画像)の死因は?彼女はメンバメイのココだった!

高山トモヒロ 画像

漫才コンビ・元ベイブルースの高山トモヒロと妻・美喜子さんの物語が、3月6日の「結婚したら人生劇変!○○の妻たち」で放送されます。

雨上がり決死隊の宮迫博之と同期の高山は、次世代のダウンタウンと期待されていましたが、1994年、突然相方を亡くしました。

その元相方とは、吉本興業の芸能学校NSCの7期生として、高山とコンビを組んでいた河本栄得氏(画像あり)。享年25歳。

突然の急死に芸人仲間のみならず、ファンなど多くの人々が悲しみに暮れたのです。

急逝した河本氏の死因は「劇症肝炎」。

体調不良で入院したのですが、即集中治療室へ運び込まれ、26歳の誕生日の前日にこの世を去りました。

当時河本氏が付き合っていた彼女は、メンバメイのココと言われていて、ココは他の芸人仲間と通夜や葬儀に参列。

大阪市淀川区内で行われた河本氏の葬儀・告別式では、相方の高山が「皆さん、天国に向かって”河本のアホ”と叫んだって下さい」と弔辞を読み上げたのでした。

それから20年以上経った現在、高山は和泉修を相方にコンビ名「ケツカッチン」として舞台に立っています。

今回の番組では、伝説のお笑いコンビ「ベイブルース」で天才だった相方を亡くし、地獄の日々を味う夫を支え続けた妻の20年愛物語が紹介されます。

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高山トモヒロの相方 河本栄得の画像

高山トモヒロと元相方の河本栄得氏(画像あり)は、共に高校時代は大阪市立桜宮高校野球部の同級生でした。

(河本栄得の画像)
高山トモヒロ 相方 河本栄得 画像

高校卒業後は吉本総合芸能学院NSC7期生として、コンビ「河本・高山」を結成。

同期には雨上がり決死隊などがいて、宮迫博之らと仲が良いことでもしられています。

また、高山と河本氏は、NSC卒業と同時に、コンビ名を「ベイブルース」に変更。

「てんそ」こと吉本印天然素材、千原兄弟らと共に、1990年代前半の関西吉本の若手をけん引していました。

ベイブルースは、上方お笑い大賞をはじめとする賞を総ナメにし、「次世代のダウンタウン」と言われるほどの若手有望株でしたが、ある日河本氏が体調不良を訴えて入院。

そのわずか2週間後、26歳の誕生日の前日に急逝したのです。

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高山トモヒロの相方 河本栄得の死因 劇症肝炎とは?

高山トモヒロの元相方・河本栄得氏の悲報ニュースは関西に激震が走りました。

体調不良を訴え入院した河本氏の死因は「劇症肝炎」による脳出血のためと発表。

河本氏の死因となった「劇症肝炎」とは、以下のように説明されています。

肝臓は、身体に必要な物質を合成し、薬物や身体に有害となる物質を解毒、排泄するなど、生命活動にとって重要な役割を担っています。

肝臓の中で、これらの働きを担う細胞(肝細胞)が急激にかつ大量に壊れることによって、その機能が低下する病気が劇症肝炎です。

肝臓の機能が低下すると、血液を凝固させるために必要なタンパク(凝固因子)の産生が失われ、また、身体に有害な物質が蓄積して意識障害(肝性脳症)が出現します。

もともと健康な人に全身のだるさ、吐き気、食欲不振など急性肝炎と同じ症状が現れてから8週間以内に肝性脳症が見られ、血液中の凝固因子が著しく低下した場合に劇症肝炎と診断します。

肝細胞は増殖する能力に富んでいるために、急性肝炎の大部分は、肝細胞が壊されても自然に元の状態に戻ります(肝再生)。

しかし、劇症肝炎ではこの破壊が広くおよぶために、肝細胞の増殖が障害されて、適切な治療を行わないと高頻度に死に至ります。

引用元:難病情報センターより

当時、ベイブルースはラジオ番組「ヤングタウン」を受け持っていて、河本氏が亡くなった当日、高山トモヒロはリスナーに知られないよう番組をこなしたといいます。

ですが、次の週、「隠しててごめんなさい」「入院しているが元気だと嘘をついてました」と、実際は高山が意識不明だったことを明かしました。

最後となった河本氏のテレビ出演は、スマップの番組「夢はモリモリ」のキックベースでしたが、番組が放送されたときにはすでに亡くなっていたのでした。

高山トモヒロの相方 河本栄得の彼女はメンバメイのココ

今回番組に出演する高山トモヒロの嫁・美喜子さんは、NSC時代の同期で、デビュー前にすでに妊娠してしまい、デビューすることなく高山と結婚しました。

相方である河本栄得氏が生前付き合っていた彼女もまた、女芸人で、かつて「メンバメイコボルスミ11」という漫才コンビを組んでいたココ・シャネルが当時の彼女だったのです。

(河本栄得の彼女 メンバメイのココ:背の低い方)
河本栄得 彼女 メンバメイココ 画像

「メンバメイコボルスミ11」は、ココ・シャネルこと栄 孝子とビク・トリアこと岡村理世のコンビで、1985年~1988年の間活動。

ダウンタウンがMCを務めていた番組「4時ですよ~だ」に出演していました。

ですが、コンビ期間は3年しか続かず、ビク・トリアは芸人を辞め引退。

ココ・シャネルだけがしばらくピンでやっていましたが、今はすでに引退しています。

河本氏が亡くなったとき彼女は、芸人仲間の山田花子や陣内智則らと共に通夜や葬儀に参列。

高山トモヒロの青春を描いた映画「ベイブルース~25歳と364日~」にも、当時彼女だったココ・シャネルとのエピソードが描かれています。

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