門倉有希 失踪後は猫をきっかけに復帰!うつ病が治ったのはファンレターのおかげ?

門倉有希 猫 画像

自称、芸能界一の猫好きという歌手の門倉有希(44)は、デビューして間もないころ突然、姿を消しました。

いわゆる、失踪したわけですが、当時うつ病だった門倉は恋人に洗脳され、自由を奪われていたそうです。

それでもなんとか隙を見て逃走。

苦痛から解放された門倉は、公衆電話を使って父親に助けを求め、実家へ帰ったといいます。

そうして、ようやく自由を手にした門倉有希だったのですが、その後は生きる気力を失ってしまったのだとか。

そんなある日、飼い主に捨てられた猫を発見。

門倉は自分と同じ境遇を感じて一緒に猫と暮らすことになり、監禁後、ようやく安心を取り戻すことができたといいます。

そんな門倉有希といえば、最大のヒット曲「ノラ」があります。

ノラは拾った子猫のおかげで生まれた作品で、芸能界に復帰することになったのも猫のおかげ。

それからというものの、門倉有希は現在、9匹の猫と一緒に暮らしているのです。

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門倉有希の失踪

門倉有希は1994年、20歳のころ『鴎・・・カモメ』でデビュー。

1996年、「第6回NHK新人歌謡コンテスト」で『女の漁歌』を歌い、グランプリを受賞し、その年の「第47回NHK紅白歌合戦」に出場を果たしました。

しかし、門倉はデビューして間もないころ、突然失踪したのです。

当時はマスコミから「男と駆け落ちした」と、まくし立てられたりしましたが、実は交際相手に拘束されていたのでした。

門倉有希は中学3年生のとき、歌手を目指してオーディション番組に参加。

ここで知り合った少年と4年ほど文通を続け、高校卒業後に上京し、同棲していたのです。

ところが、先に門倉がデビューを果たしたため、恋人の人格を豹変させることに。

デビューすることができなかった彼氏は、門倉に嫉妬するようになり、洗脳、拘束、失踪へと発展していったのです。

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門倉有希 失踪後は猫をきっかけに復帰

当時の門倉有希は、演歌歌手としてすぐにでもステージで歌えると信じていたといいます。

しかし、いつまでたってもまともに歌うことができず、全国各地をキャンペーンで回っては、CDを売る営業ばかりしていたのだとか。

そんな毎日の生活に嫌気が差した門倉有希は、ついにうつ病を患ってしまいます。

そんなとき、当時付き合っていた彼氏が洗脳して、門倉の自由を奪っていきます。

彼氏は門倉がどうしたいのかを聞き出し、その弱味を握って同情や励ましの言葉をかけ、洗脳していったのでした。

そして、巧みな話術で洗脳され、自由を奪われた門倉は、しばらくその状況から逃げ出すことができずにいたのです。

普通ならそういったことに巻き込まれた場合、逃げ出せるタイミングはいくらでもあるのに、服従していた方が安全だと考えるようになります。

門倉の場合も監禁状態から逃げ出すことができたのですが、なかなか勇気を出せずにいたのです。

このときのことが「失踪事件」として、世間を騒がせたのでした。

ところが、監禁生活が続いてから1週間が経ったある日、門倉は彼氏が出かけた隙を見て逃走。

ようやく実家へ戻り、両親から被害届を出すことを勧められたらしいのですが、イメージが悪くなるのを恐れて、被害届は出さなかったといます。

その結果、芸能界から干され拒食症に。

心神喪失状態に陥り、実家に閉じこもりだったという門倉なのですが、そんなときに捨てられている子猫を発見します。

門倉は、その子猫のおかげで芸能界に復帰することになりますが、そもそも猫は昔から飼っていたといいます。

しかも、物心ついたころから家のなかには猫や犬がいて、家族同然に育ってきたのだとか。

現在も猫好きが高じて、9匹の猫を飼育中。

飼っている猫は、「ライヤ」「ルネ」「ルッキオ」「コバルト」「クララ」「ウラン」「アトム」「ハイジ」「レオ」と、好きな漫画から名前が付いているのです。

門倉有希 うつ病が治ったのはファンレターのおかげ

現在、門倉有希が住んでいるのは、猫を飼っていないと入居できない1LDKマンションだそうです。

このマンションはフローリングが柔らかく、壁紙は猫の爪がひっかかりにくい特殊な素材を使用していて、くぐり戸やキャットウォークなどもあるのだとか。

さらに、門倉は、家族同然の猫たちを飼うには、「ただ可愛がるだけの愛情だけではなく、しっかり向き合う覚悟が必要」と語っています。

そのためにも間違った知識を身につけないように、「小動物介護士」「小動物看護士」「ドッグシッター」の資格を習得したのだとか。

これにはさすが「芸能界一の猫好き」と豪語するだけのことはあります。

そんな門倉も、失踪したと騒がれたときは、思うように歌える機会がなく、「うつ病」になってしまいました。

ですが、その生活を救ったのが事務所の社長がもってきた、門倉宛てのファンレターだったのです。

ファンレターには、門倉の歌声に元気をもらったことなどといった内容が書かれていたとか。

「がんばって」と書かかれていた言葉に救われ、復活することができたのだといいます。

そして、1998年に出した8枚目のシングル『ノラ』が80万枚を超えるヒット曲となり、名実ともに復活を遂げることになったのでした。

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