須藤理彩の夫が死去 死因と子供の年齢は?余命2年は誤解だった!?

須藤理彩 画像

女優・須藤理彩の夫で「BOOM BOOM SATELLITES」のギターボーカル・川島道行氏が死去したのは、2016年10月9日のことでした。(享年47歳)

死因はかつてから患っていた、脳腫瘍のためと発表されています。

実は、夫の川島道行氏が所属していた「BOOM BOOM SATELLITES」は、公式サイトで6月22日発売の新アルバムをもって活動を終了すると発表していました。

ただ、2015年4月に「NEWS ZERO」で特集が組まれた際、川島氏は、余命2年と報道されたことについて「2年では死にません」と、誤解であることをツイッターで説明。

現在は小康状態で、定期的な検査をしているところだと語っていたのです。

しかし、懸命の治療もむなしく川島氏は死去。

突然の訃報に妻の須藤理彩は、「運命を受け入れ、もがきながらも懸命に音を奏で続け生き抜いた川島道行を、誇りに思います」とコメントを発表していたのです。

また、夫の川島氏は須藤理彩と2006年に結婚し、2人の子供がいました。

そこで今回は、川島道行氏の死因となった「脳腫瘍」や、まだ幼い2人の子供のことなどについて、まとめてみました。

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須藤理彩の夫が死去 死因は

須藤理彩の夫・川島道行氏は、1997年に初期の脳腫瘍が見つかり、3度の手術を受けていました。

その後しばらくして5度目の脳腫瘍を発症。

同バンドは2015年11月に行われるワンマンライブをもって、ライブ活動を一時休止することを発表していたのです。

(須藤理彩の夫・川島道行氏)
須藤理彩 夫 川島道行 画像

さらに、翌年には6月22日発売の新アルバムをもって、バンドの活動を終了することを発表。

理由は川島氏が脳腫瘍による麻痺などの後遺症で、活動を続けるのが困難となったためと説明していました。

バンド活動の終了を受け、川島氏と19年のバンド人生をともにしたベース・プログラミング担当の中野雅之はブログを更新し、「バンド史を締め括るのに相応しい作品です」とアルバムについて紹介。

そして、最後のアルバムになることの理由を以下のように述べたのです。

「川島道行の脳腫瘍による麻痺などの後遺症です。現在、川島道行はミュージシャンとしての役割を終えて家族と共に穏やかな毎日を過ごしています。言葉はゆっくりですが話せます。手足は不自由になってきて車椅子を使う機会も増えました。正確な意思の疎通が難しいので、今彼が何を考えて何を思って毎日を過ごしているのか、僕でも少し理解しきれない時があります。しかし、この作品を作りきった充実感や達成感は感じていると思います。僕には本当に燃え尽きてしまった抜け殻のようにも見えます。『お疲れ様!』と声をかけてあげて欲しい」

と川島氏の現状を説明していましたが、2016年10月9日、川島氏は妻と、小さい子供2人を残し、死去したのです。

発表によると、死因は脳腫瘍ということでした。(享年47歳)

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須藤理彩の子供の年齢は?

川島道行氏の妻は女優の須藤理彩でしたが、須藤とは2000年に知り合い2006年に結婚。

ところが、当初は川島氏側の事務所の意向で、須藤理彩の夫の名前を公表しませんでした。

そんなことがありながらも、翌2007年1月30日に長女、2011年10月20日に次女が誕生。

その子供も現在、長女が年齢11歳、次女が6歳になっています。

また、妻の須藤理彩の年齢はというと40歳で未亡人となり、現在42歳。

当時は「夫の運命を受け入れ、もがきながらも懸命に音を奏で続け生き抜いた川島道行を、誇りに思います。」とコメントしたのでした。

川島道行 余命2年は誤解と説明

2015年4月に「NEWS ZERO」で特集が組まれた際、川島道行氏はツイッターで以下のような説明をしていました。

「昨夜の放送の件で誤解があってはいけないのですが、確かに当初は2年かそこらの余命であると言われて手は無いと言われましたが、去年の夏に放射線治療の治験を受けて成果があり、現在は小康状態で、定期的な検査をしているところです。つまり2年では死にません。まだまだ良い音楽を発信していきます」

番組を見た人に“余命2年”との誤解を与えたとして、自身のツイッター上で「2年では死にません」と宣言。

ただ、番組は医師から余命2年と宣告された後、治療を続けながらも新アルバムの制作に取り組む姿を特集したので悪気があったわけではありません。

ナレーションでは、新アルバムの制作に取り組む部分の説明はあったものの、余命の部分のみ印象づけられた視聴者が少なくなかったのも事実。

川島氏は「確かに当初は2年かそこらの余命であると言われて手は無いと言われたが、去年の夏に放射線治療の治験を受けて成果がある」と病状を報告し、最後まであきらめることなく病と闘っていたのですが、残念な結果となってしまいました。

故人のご冥福をお祈りいたします。

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